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刑務所の中は障害者だらけだった 獄窓記

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獄窓記


この本は非常に有名になったようですが、それもそのはず作者は当時現役の衆議院議員の政治家であり政策秘書給与を流用した事により、政治資金規正法違反で起訴され執行猶予なしの実刑判決を受ける事になりますが、作者は控訴することなく実刑判決を甘んじて受ける事にします。

これには様々な理由がありますが、一つは長い人生刑務所生活を経験する事も悪くないのではないか?というある種の好奇心を理由の一つとしてあげています。この元政治家が獄中で体験した内容を本にして出版する事でそれまで長らく世間に知られる事のなかった刑務所の内側が広く知られる事となります。

栃木県黒羽刑務所に収監された作者ですが、そこでは「刑務所内の掃き溜め」と揶揄される寮内工場という場所に配属される事になります。

刑務所内ではそれこそ工場のように様々な生産設備があり一般受刑者はそこで様々な生産活動に従事する事になりますが、寮内工場というのは主に障害者や認知症等の症状を抱えている受刑者が収容されています。作者はそこで指導補助という刑務官の補助要員兼、それらの障害を抱えた受刑者の身の回りの世話、介護要員として働く事になります。

障害者といっても様々であり知的障害、身体障害、目の見えない者、はたまた認知症を抱えている受刑者など、一般工場での生産活動を行えないものをいわば隔離したような状況です。

そこにいる受刑者はそもそも自分が何処にいるのか?何をしているのかすら理解していないものが目立ちまともな生産活動を行う事などできません。

そこで受刑者がおこなうのは例えば色違いのばらばらになった蝋燭の山から色が揃うように蝋燭を並べなおす作業をしたり、固く結ばれた紐を解く作業をしたりと生産活動というより時間つぶしといったほうが適切だと思います。

その作業中ですら受刑者の「うわ!くせえ」の声に振り返ってみると失禁する受刑者が後を絶えず、そのたびに作者を初めとする指導補助が失禁した受刑者の服を交換する作業をしたり尿で汚れた床を清掃する作業に追われる事になります。

これらの作業が終わっても指導補助に休息はありません。刑務官にアゴで使われ身の回りの事ができない受刑者の部屋の掃除をするように言われたので、行ってみるとその受刑者の部屋は掃除ができていないのでゴミだらけなのは勿論、自身の汚物でまみれ、畳は半ば腐っており異臭を放っています。もちろん受刑者自身も糞尿にまみれています。

その様子を始めてみた作者は驚きのあまり立ち尽してしまいますが、先輩受刑者が何のためらいもなく手で汚物まみれの受刑者や部屋を掃除していきます。初めこそ困惑を隠せない作者ですが、徐々にそのような汚物処理にもなれていくことになります。
週に二回だかある入浴時間も大変です。

服を脱がせる介助から始まり頭や体を洗う介助等を大勢の受刑者に対して限られた入浴時間の中で行わなければいけません。
それらの最中、「うわ、汚ねえ!」という声を聞いて振り返ってみると風呂に受刑者が大便をしたようで、プカプカと浮いている状態です。それらをすばやく処理したりと、まさに休む暇もない忙しさ。

食事の介助、作業中の失禁の処理、部屋の掃除と受刑者の介護等、時間は瞬く間に過ぎていきます。当初、刑務官や先輩指導補助の受刑者から受刑者同士でのトラブルは懲罰の対象であることを聞かされた作者は、他の受刑者と距離を置いて過ごしていました。懲罰を受けると仮出所の期間に影響が出るためです。

その後作者が受刑者と積極的にコミュニケーションをとるようになった理由ですが刑務所では定期的に座学の時間が設けられ出所後の身の振り方について勉強会が入ります。例えば社会保障の仕組み、主に生活保護ということになると思いますが、時間も限られていることもありますが、刑務官の知識も不十分なため、結局のところ出所してから福祉事務所に相談しろ!という雑な内容に終始しがちです。

受刑者が刑務官に対して質問しても不十分な回答しかえられないため、落胆する受刑者たち。そこで、作者は刑務官に許可を得て自分が知る限りの知識を駆使して受刑者の質問に答えていきます。普段質問をしても満足な回答をえることができなかった受刑者の方々に非常に喜ばれることとなり、このことが切っ掛けとなり、作者は受刑者の皆さんと積極的に交流するようになります。

受刑者と交流する中で作者が知る事となったのは刑務所にいる障害者というのは極悪非道な犯罪者というわけではなく、そのほとんどは無銭飲食や無賃乗車等の非常に軽微な犯罪で服役する事になったこと。さらにそのような障害を持った受刑者と話す中で驚くべき事実が浮かび上がってきます。

まず事件を起こした際の警察の取調べですが、服役している受刑者の中で知的障害を抱えている者などはそもそも文字の読み書きをまともにする事ができません。

それとあわせて知的障害を持っている方に関しては警察からの取調べの中で「おまえがやったんだろ?」といわれた際に、警察とのやり取りを正しく理解しておらず、オウム返しのように「うん。おれがやった」と簡単に迎合する傾向があるようです。結局のところ、警察の都合の良いように調書が作成されてしまいます。

もちろん、本当に犯罪を犯したのであれば問題は無いのですが、(いや、なくはないですが)問題となるのは自分がやってもいない事を警察の追及に対して簡単に迎合して認めてしまう事。これによって数多くの誤認逮捕を生む温床になっているようです。

これらの自白調書は裁判の場でも非常に不利となり日本では一度起訴されたが最後、有罪率99%といわれていますが、裁判の場では物的証拠が無くても客観的証拠がなくても警察との取調べの中で自白した場合、裁判でそれを覆す事はほぼ不可能だそうです。

また、裁判の場であきらかに障害のある被告の場合、裁判官や弁護士、検察からの質問に対してその質問の意味を理解していない事は明らかであると思われるにも関わらず訴訟能力なしとは判断され無い点。結局は自白調書が決めてとなり実刑判決が出て刑務所に収監される事になるのだそうです。

障害者の裁判の模様の一例を描くとこのような状況です。住居侵入罪に問われた40代の知的障害者の裁判では母1人、子1人で育ったその男の服役中に母は死亡。家は人手に渡っていました。出所後、家に入ろうとして男は捕まり、法廷でも事態を飲み込むことができません。

検察からの「君ねえ、母親はもう死んでるの。もう君の家じゃないんだから入ったら駄目な事くらいわかるでしょ?」それにたいして男は「おかあた~ん、おかあた~ん」とただ泣き叫ぶだけでした。裁判官のなげやりな「はいはい休廷、休廷」の声がむなしく響きます・・・

ちなみに刑務所内での知的障害を持つ男性とのあるやり取りの場面を書きますが、このような感じです。「おい、おまえ、悪い事ばかりしていると刑務所に入れられちまうぞ!」「嫌だ、おれ刑務所なんかに行きたくない。ずっとここにいる!」もちろんこれは刑務所の中での受刑者同士のやりとりです。重度の知的障害を抱えている受刑者は自分が何処にいるのかすら理解しておりません。

この問題には続きがあり刑務所に服役した場合ですが、家族や親族が身元引き受けをしてくれる場合、出所後少なくとも住む場所には困る事はないので今後の就職等をゆっくりと時間をかけて探す事も可能と思われますが、大抵の場合親族は勿論のこと家族も身元の引き受けを拒否するケースが発生するようです。

また結婚している場合でも結婚相手が愛想を尽かし刑務所に離婚届を送ってくる事になるケースも少なからずありその結果帰る場所の無い受刑者が後をたたないのだそうです。

刑務所の中での作業は時間給が発生するもののその金額は等級により変わりますが多くの場合10円に満たない金額です。身元引き受け先の無い受刑者は出所後も帰る家がないため、わずかな所持金をすぐに使い果たしてしまい、刑務官に言われたとおりに福祉事務所にいって生活保護の相談をするも、門前払いされやむなく大抵の場合路上生活者としてしばらく過ごしますが、路上生活者として生きる知恵も無いのですぐに困窮し空腹のあまり置き引きや無銭飲食をして再度刑務所に服役することになるそうです。

障害者の施設にはいればよいのでは?と思われる方もいらっしゃると思いますが、一度犯罪を犯した触法障害者に対する風当たりは非常に厳しくほとんどの施設では刑務所上がりの障害者は門前払いされてしまうのが現実だそうです。

結果的に刑務所で服役し満期で出所、しばらく路上生活をした後に困窮して軽微な罪を犯して再服役の繰り返しとなり、一度犯罪を犯し刑務所に入ったが最後人生の大半を刑務所で過ごす障害者というのは珍しい話ではないのだそうです。一度犯罪を犯した障害者で身元引受人のいない方を取り巻く状況というのは想像以上に過酷だといわざる終えません。

話は戻りますが、当の障害を持つ受刑者としてはそのような状況をどう考えているのか?作者が聞いてみたところ次のような答えが返ってきます。

『俺さ、これまでの人生の中で、刑務所が一番暮らしやすかったと思ってるんだ。誕生日会やクリスマス会もあるし、バレンタインデーにはチョコレートももらえる。(中略)ここは、俺たち障害者、いや、障害者だけじゃなくて、恵まれない人生を送ってきた人間にとっちゃー天国そのものだよ』

刑務所の中が一番過ごしやすかったとか、どれだけ刑務所の中にいる障害者は不遇な人生を送ってこられたんでしょうか。悲しくて涙が出てきますよ・・・

また、そもそもの問題として無銭飲食や無賃乗車等の軽微な罪を犯した重度の知的障害を抱えている人間を刑務所に送って何か意味があるのでしょうか?

そのような方は自分が何処にいるのかすら理解していません。そのような人間を刑務所に送ったとして刑務所の中で贖罪意識を芽生えさせ更生を促す?とてもではないですが期待できません。どのような犯罪でも犯した罪の軽重により刑務所において身体を拘束する。

健常者である一般受刑者の場合は理解できますが、こと重度の知的障害を抱えている人間を刑務所において拘束する事に意味があるとはやはり思えません。もう一つ言えば刑務所において、犯罪を犯した受刑者を矯正する教育というものも期待はできません。

山本譲司著作、累犯障害者より引用しますが、このような状態です。

黒羽刑務所の寮内工場に事件をマスコミに報じられ世間を大いに騒がせた受刑者がいた。彼が起こしたのは小学生女児に対する強制わいせつ事件。被害児童も相当数いたようだがこのような、受刑者にも更生プログラムは用意されていない。それどころか彼はロリコン雑誌の講読も許可されており、「やっぱり女は小学生に限りますね。」等と刑務官の前でも口にしてはしゃいでいた。
これが矯正施設といわれる刑務所の実情である。

これらの問題は出所後困窮した元受刑者に対して生活保護を一時的に支給して生活基盤を安定させてあげる事が最も簡単な解決法だとは思いますが、地方自治体が生活保護の申請をするためにやってきた申請者の無知に付け込み窓際で色々と難癖をつけて断っている現状があります。

基本的に住居が無い路上生活者であることは申請を断る理由にはならない事はいうまでもありませんが、神聖を受けた自治体も要件を満たせば生活保護の申請を受理しなければならず、受理した以上そのような方はまず審査を通る事から申請を受理する事は生活保護を与える事に無条件につながってしまうため、何が何でも断ろうと躍起になります。

その理由は生活保護の負担率は国が3/4、地方自治体が1/4であることから生活保護受給者が増える事は自治体の財政を圧迫するわけですので地方自治体を責めるのは酷であるとは思います。

この問題は国の負担率を全額国庫負担にすればよいだけの話ですので、そうすれば地方自治体も断る理由はなくなるはずですが、国はこの国の負担率3/4をさらに減らし自治体の負担率を上げようと画策しています。とんだ美しい国もあったものです。

生活保護が財政を圧迫しているのは理解できますが、最高裁判決で外国人に対する生活保護の適用が禁止されたにもかかわらず在日朝鮮人や外国人に自治体の裁量で生活保護を支給している現状を考えれば、それらの外国人に対する生活保護を停止して本当に必要としている日本人に生活保護を与えるほうがよっぽど利に適っていると思います。

刑務所に収容されている人数おおよそ6万人から7万人その中の実に2割から3割がなんらかの障害を抱えている現状というものがあり、社会や福祉に見捨てられた障害者にとって刑務所が最後のセーフティーネットになっている現状について嫌でも色々と考えさせられる一冊といえます。


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