竹林はるか遠く 日本人少女ヨーコの戦争体験記を読んで思うこと

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竹林はるか遠く―日本人少女ヨーコの戦争体験記


さて、竹林はるか遠くですが2013年に日本語訳版として発売されたこの本の存在は知っていたのですが、
なかなか読む機会がありませんでした。
本の内容が内容ですので少々読むことに対して覚悟がいると思ったこともありますが、
意を決してこの度試しに読んでみようと思いAMAZONで取り寄せてみました。

以下、簡単にあらすじです。

川嶋一家5人は朝鮮半島東北部の町・羅南(らなん)で、戦時下ではあるが、それなりに平和に暮らしていた。
1945年 (昭和20年) のある日 (4月以降)、擁子(ようこ)と好(こう)は慰問に訪れた軍病院で、
負傷兵松村(まつむら)伍長と知り合う。数週間後、松村(まつむら)伍長は川嶋家をお礼に訪れ、
その後もたびたび訪れ、川嶋一家と親密となる。この頃、朝鮮半島北部にもB-29が爆撃に時々現れ、
また、日本敗北の気配を読み取って、半島内に反日朝鮮人共産主義同盟、朝鮮共産党軍が組織されつつあった。
1945年 (昭和20年) 7月29日深夜、松村(まつむら)伍長がソ連軍が侵攻してくることを一家に伝え、
すぐに町を脱出することを勧める。父と淑世(ひでよ)は不在だったが、ソ連軍は既に近くに迫っており、
2人に連絡する時間はもはやなく、書置きを残して、母と擁子(ようこ)と好(こう)の三人は最低限の荷物と財産を持って、
松村(まつむら)伍長の勧めどおり赤十字列車に乗って羅南(らなん)を脱出した。
列車はその後京城(けいじょう)まで70キロの地点で爆撃に遭い、機関車が破壊されたので、
三人は列車を降り、徒歩にて京城(けいじょう)を目指す。しかし半島内は既に、ソ連軍と呼応した、
朝鮮共産党軍の兵士によって、北から南へ逃走中の日本人は片っ端から殺害され、
日本人の遺体は金歯を引き抜かれ身ぐるみ剥がされ、日本人の土地家屋財産などが奪われ、
日本人の若い女を見つけると草むらや路地裏に引きずってでも強姦されていた。
しかし、彼らを怒らせたら他の日本人が集まる避難所を攻撃されるとされ、周囲にいた日本人難民は反撃できないで、
悲鳴を聞いても黙って耐えるという地獄絵図と化していた。
擁子(ようこ)達三人は、釜山(ふざん)まで列車で移動し、衣食住は極貧であったが、
赤十字病院やアメリカ軍の残した残飯を漁ったり、髪を切り男装したりと知恵を絞り、
何とか無事に生き残り、秋に連絡船で福岡に帰国する。 ところが、帰国後も彼女たちを待ち受けたのは、
夢に見た美しい祖国ではなかった。 唯一、空襲を受けずに済んだ京都へ出向くが、
期待していた父方と母方の両方の祖父母が、青森で空襲で死亡したことが分かり、
京都駅で母が病死する。 孤児となった擁子(ようこ)と姉は、必死で残飯をあさり、駅で野宿して生き延びる。
母の願いで、学校にだけは通いつづけるが、そこでは貧しい擁子(ようこ)に、
心無い言葉を浴びせる裕福な子供達が待ち受けていた。
しかし、親切な増田(ますだ)夫妻と、再会した松村(まつむら)伍長の支えで、
姉妹で働きながら何とか生活基盤を整えて行った。父と兄が生きていることだけを信じて、
毎週末、福岡から移転した舞鶴港で、朝鮮からの避難民の中から兄を探した。
松村(まつむら)伍長の計らいで、ラジオで探し人として、父と兄の名前が呼ばれた。
そんなある春の日、朝鮮風の格好をした男性が、彼女達の家をたずねて来た…。

あらすじとしてはこのような感じです。
この本は戦争の悲惨さを訴える資料として、アメリカでは優良図書に選ばれ中学校用の教材として、
多くの学校でこれまで使用されていたようですが、朝鮮人が日本人女性を強姦をしている描写があることに反発し、
そのような歴史的な事実は無かったと例のごとく韓国人、アメリカ在住の在米韓国人がこの本に噛み付き、
2007年 (平成19年) 現在ではこの本の教材使用禁止運動も行われており、
執拗なロビー活動を展開して、韓国領事館も米教育当局へ嘆願書を提出。
これらの圧力を受けて、一部の地域では教材から取り除くなどの対応が行われたようです。
英語版でのみであった本書が2013年に待望の日本語訳版が販売されたことは、
喜ばしいことではありますが、このような経緯があったことを踏まえると少々複雑な心境です。

実際にこの本を一読したうえで受けた感想ですが、朝鮮北部の羅南から艱難辛苦逃避行を行う中で、
たしかに朝鮮人が日本人女性を強姦するために草むらに引きずり込むといった描写は多々ありますし、
擁子と姉の好と母親があやうく朝鮮共産党軍の兵士に強姦される直前にいたる等の描写もありますが、
朝鮮人が日本人女性を強姦する様子が生々しく描かれているわけではないため、
正直この本のどこに朝鮮人が問題視する場面があるのか?正直理解に苦しみます。
作者である擁子さんももっと生々しく描写することはできたけれども、あえてそうしなかったと書いておりますし、
本に書かれている文章は子供でも分かるような分かりやすい文章で書かれていることもありますが、
この本の対象年齢はおそらく中学生くらいかと想像します。
そのような多感な少年少女に対しなるべく過激な描写を避けて、ありのままに起こったことを書くという意味で、
朝鮮人が日本人女性を強姦するという場面を草むらに引きずり込むといった描写に留めた。
作者である擁子さんなりの配慮だと思います。

この半島の朝鮮人が日本人女性を強姦した事実があるか?という問いに対しては、
二日市保養所の話を聞く限り、多数の日本人女性が朝鮮人から強姦されていたのは間違いなく事実というしかないです。
この二日市保養所というのは半島や満州からの引揚者の女性ががソ連兵、朝鮮人、中国人から、
度重なる強姦を受けその多くは妊娠や性病を患っていることから堕胎手術や性病の治療をおこなうために、
開設されたものだそうですが、それらの話を読む限りこの竹林はるか遠くよりもはるかに生々しく描かれており、
引揚者の惨状を実に残酷に物語っています。

話は戻りますが本の対象年齢が低いこともあり、やむ終えないとは思うのですが、
いかんせん文章による表現がマイルドすぎるため羅南からの逃避行というのも、
個人的にですがあまり緊迫感を感じることができず、当時の引揚者がどれだけ悲惨な目にあっていたのか?
ということを文章からリアルに感じることはできませんでした。
このあたりは少々残念な気がします。
中学生向けに戦争の悲惨さを伝えるには十分な内容だとは思います。

後、個人的に気になったのが、作者である擁子さんが耳が片方ほぼ聞こえなくなった理由として、
朝鮮共産党軍の兵士三人に強姦される直前に朝鮮共産党軍と思われる軍用機から爆弾が投下され、
投下音と同時に擁子さん一行はとっさに地面に伏せたので爆発の直撃を避けることができたが、
朝鮮人兵士は即死したという描写。
擁子さんはこのときの爆弾の爆発で体が吹き飛ばされてしまい、爆弾の破片で鼓膜を負傷しており、
その後避難所にて応急措置は受けるものの、結果的に耳が片方ほぼ聞こえなくなってしまった。
管理人の勉強不足で分からないのですが、至近距離にいた朝鮮人兵士が即死する威力の爆弾が爆発したにもかかわらず、
同じく至近距離にいた擁子さん一行はとっさに地面に伏せたことで軽症で済んだとありますが、
はたしてそのようなことが可能なのでしょうか?擁子にいたっては爆弾の爆発時の爆風で吹き飛ばされていますので。
もちろん爆弾の爆発時の爆風や爆弾の爆発時の破片が周囲に飛散することに対して表面積を減らすという意味で地面に伏せることは有効だとは思うのですが、はたして限りなく無傷で済むものかどうか。爆弾が何kg程度なのかも分かりませんのでなんともいえませんが。

また気になるのが度々出てくる朝鮮共産党軍の存在。
前述した擁子たちが襲われる寸前の場面で朝鮮共産党軍の軍用機が出てきますが、
仮に当時の朝鮮半島において旧日本軍の武器庫から、
朝鮮人が武器を奪い民兵レベルが武装して、小規模な抗日レジスタンスを組織的に展開していたとして、
はたして軍用機を多数運用していたのか?正直疑問です。
この朝鮮共産党軍の軍用機というのは作中にも度々出てくるのですが、
一度目は羅南からの逃避行の途中で赤十字の負傷者を輸送する列車に乗っているときに、
朝鮮共産党軍の軍用機からの爆撃を受けて列車が大破する場面。
もうひとつは前述した擁子さん家族が朝鮮共産党軍兵士から強姦される直前に、
朝鮮共産党軍の軍用機からの爆撃を受けた場面。
いずれにしてもこれらのことから多数の軍用機が運用されていることが想像できますが、
半島においてそれが可能となるのはソ連軍が満州から半島の38度線より北を掌握してソ連軍の軍事的援助を受けて、
ということであれば分からない話でもありませんが、
擁子さん家族が逃避行をしているこの時期というのはまだソ連軍は満州には侵入していると思われるものの、
38度線より北には進駐していないと考えます。
機体の種類が作中では語られていないため、どの国の軍用機なのか?特定することは難しいですが、
軍用機は朝鮮共産党軍ではなく38度線を越えて飛行してきたアメリカ軍の機体?
だとすると爆弾を落とした理由が分からないのですが、民間人が朝鮮人兵士に乱暴されそうになっていることを確認したため、
爆弾を投下して殺そうと思った?
ただそれだと、高確率で擁子さん家族も爆弾の直撃に巻き込まれる確立が高いと思うのですが・・・
仮に朝鮮共産党軍の機体だとしても、自軍の軍服をきている人間がいるところになぜ爆弾を投下したのか?
やはり意味が分からない。いずれにしてもちょっと謎です。
逆に考えれば、作中で描かれているこの軍用機と軍用機からの爆撃というシーンというのがあくまでもフィクションであり、
そもそもそんなものは存在していなかった?という風に考えたほうがむしろ自然な気がします。
爆撃シーンがフィクションであるとすると朝鮮共産党軍兵士3人に強姦される寸前のシーンというのも、
怪しくなってきます。
小銃で武装した兵士3人に対し擁子たち家族が持っていたのは家宝の短刀と果物ナイフ程度。
それで小銃で武装した兵士3人をどうにかできるとは思えません。
強姦された後、下手をすれば殺されていた可能性もあります。
すると、そもそもこの朝鮮人兵士3人に強姦されそうになったのもフィクション?
作中では死んだ朝鮮人兵士の軍服を着てその後の逃避行を続けたとありますが、
そうするとこれもフィクション?

作者である擁子さんも後書きでこの本についてはあくまでも自伝的小説であると語っておりますし、
この本で描かれている内容はすべてが歴史的事実であるというよりは、
ある程度脚色されていると見るほうが自然だと思います。
いずれにしても、ここの描写がどうにも腑に落ちないため、少々興ざめしてしまったこともありますが、
この本で描かれている朝鮮半島からの逃避行というのは、全体的にマイルドに描かれていることもあり、
引揚者の悲惨な実態というのがリアルに感じられないこともあり少なくとも歴史の教科書として読むのは、
少々危険な気がします。

そういう意味で言うと兄の淑世が朝鮮半島北部から脱出を試みますが、
その際に飢えと寒さで極度の衰弱状態にあるところを朝鮮人一家に助けられ快方される場面がでてきます。
この一家というのが非情に親切な方々として描かれていますが、
作者である擁子さんは直接淑世が助けられた場面を見ているわけではなくあくまでも、
後に淑世からそのときの話しを伝え聞いているだけに過ぎません。
穿った見方をすると、兄の淑世が親切な朝鮮人一家に助けられた話しというのはやはりフィクションであり、
アメリカでこの本を出版するに当たりアメリカに多数住んでいる在米韓国人に対する、
政治的な配慮が働いているのではないか?と邪推してしまいます。
これらの事を考えた場合、この本で描かれている半島からの逃避行というのは、
あくまでも実体験をもとに部分的に話しを盛り上げるために脚色した、
小説という位置づけがやはり正しいのではないかと、個人的に思います。
ただそのように書いてしまうと扱っている題材が題材ですので作中描かれている内容というのは、
やはり捏造なのではないか?という意見が韓国人を中心に出てくるのはやむ終えない気がしないでもないです。
というより捏造と付け込まれる隙を与えてしまったというべきでしょうか。
このような題材で一部でも嘘というわけではないにしろ脚色した部分を織り交ぜてしまうと、
全体として嘘の話として見られてしまいますので。
勿論ここで書いていることは管理人の想像ですので本当にあったのかもしれません。

ただこの本の魅力というのは実は半島から引き上げ日本本土に渡ってからの生活を描いた後半部分。
この内容というのが非常に面白く読むことができました。
擁子たち家族は空爆を免れた京都に向かいますが、そこでは空爆を免れたため、
町は原形をとどめており市民は住む家があり日常生活を普通に送っているのですが、擁子たち家族も他の引揚者も、
ほとんど着の身着のまま、その身なりはボロボロで浮浪者同然です。
また、毎日の食事にも事欠く有様で姉の好と一緒に残飯をあさってその日その日の命を繋いでいくのですが、
そのような状況の中で母親は擁子と姉の好を学校に行かせようとします。
特に擁子の通うことになった学校というのは裕福な子女が多数通うお嬢様学校であり、
半島では朝鮮人からの強姦を恐れて丸坊主にしていたこともあり、月日はそれなりに経過しているとはいえ、
髪は男の子のように短くその容貌はまさにヤマアラシのよう、そして服装はぼろぼろという有様ですので、
途端に容貌をからかわれ苛めの対象となります。
月の月謝はたしか30円、想像ですが現在の貨幣価値に換算して100倍ほどだと思うので3万円といったところではないかと。
着の身着のままでその日の食事にも事欠き、寝泊りは住む家も無いので駅でごろ寝という有様の擁子たち家族ですので、
決して安い金額ではありません。
管理人であればまずは住む場所を確保し仕事を探し生活を安定した上で学校で学ぶという選択肢をとってもよいのでは?
子供たちをこのような状態で無理に学校に入れることもないのではないかと思ったものですが・・・
さらに通う学校は身なりの整った裕福な子女の通うお嬢様学校。
擁子の身なりは浮浪者同然のボロボロの洋服、これでは苛めにあうのは必然というしかないです。
ただ擁子は成績は非常に優秀で後に奨学金を貰い英語を学ぶことになりますが、この英語スキルを生かし、
後年東北に移り住んだときに米軍基地に英語の通訳として勤務することになりますが、
このことで当時米軍基地に勤務していた現在の夫と知り合い結婚することになったわけですので、
やはり学は身を助けるというしかありませんが、貧してもより良い環境で学問を身につけさせるという母親の考えには、
先見の明があったのだと痛感させられます。
京都に移り住んだ擁子たちですが、突然の母親の病死のため突然孤児になってしまいます。
途方にくれていた擁子と姉の好ですが増田さん夫婦の好意により増田さんの経営する工場に隣接する倉庫に、
住まわせてもらうことになります。
ここで新生活をはじめる擁子たちですが、依然として食事にはことかく有様で、
裁縫の得意な姉の好が作ったお手玉などを売り歩いたり、姉の好は靴磨きをするなど懸命に日銭を稼ぎ、
その日その日の食事代をまかなっていました。
学校での同級生からの執拗ないじめ、困窮する生活、京都で引揚者が受ける差別等、描写が非常によく書かれており、
戦後日本の京都を舞台にして戦後の混乱期で何が起きていたのか?丁寧に描かれています。
命からがら半島から引き上げ日本にたどり着いたものの母親の突然の病死により孤児となった二人が、
生き別れた兄と父の帰りを待ちわびながら懸命に生きていく擁子と姉の好の二人の姿には、
涙なしには読むことはできません。
命からがら引き上げてきた兄と対面したときは感動を覚えました。
この本は戦後の混乱期に何が起こったのか?半島からの命からがら逃げ延びた引揚者が、
日本本土でも差別される二重の苦悩がじつによく描かれているため、
前半部分の半島からの逃避行はともかく後半部分は非常によく描けており、
中学生以降の方には是非読んでいただきたいまさに名著だと思いました。
小説でもなんでも良い話は良いというしかないです。

最後に、この本には半島において朝鮮人から強姦される模様というものも描かれているものの、
作者である擁子さんが伝えたいのはあくまでも多数の日本人を強姦、殺害した朝鮮人は最低だ!と、
いたづらに嫌韓感情をあおるものではなく、日本人も日本人に対して非情な振る舞いをしている描写も描かれており、
戦争は時にどのような人間をも狂気にさせる。
民間人、とくに弱い立場の女性や子供に戦争が終わっても強姦などの二次被害が及ぶ。
戦争に勝者も敗者もない。
戦争ほどおろかなことは無いという反戦がテーマであることはいうまでもありません。
日本人はもちろん世界中の子供たちに読んでいただきたい本だと思います。

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続・竹林はるか遠く―兄と姉とヨーコの戦後物語

なお、この本には続編があり、その後の擁子たちの京都での生活がより色濃く描かれています。
こちらも非常に面白い内容ですので、まだお読みになっていない方は
AMAZONで買うのもよいですし図書館でも借りることができるようですので、
お手にとられてはいかがでしょうか。
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