TVを見なくなった理由

さてさて、若者のTV離れなどと言う言葉が聞こえてきますが、
管理人もTVと言うもの見る習慣がなくなってから3年ほど経過しているような気がします。
大晦日もTVは紅白歌合戦等の特番が組まれるわけですけど、正直見ようとも思いません。
なぜTVというものを見なくなったのか?考察と言うわけではありませんが、簡単に考えてみたいと思います。

今から振り返ってみると24歳くらいまでは割りとTVも見ていたと思います。
比較的見ていたのはドラマ、歌番組、ニュース、映画、お笑い等のバラエティでしょうか?
この年齢くらいまでは何を見ても新鮮に感じることが出来て普通におもしろく感じていたと思います。
25歳越えた辺りからどうか?というと当時働いていた仕事が今で言うところのブラック企業で、
多忙を極め仕事終わって帰ったら寝るだけの生活をしていたこともあり、
TVを見る暇すらなかったと言うところが正解だと思います。
その後、転職したことで少なくともTVを見る暇くらいはできたものの、
年齢とともにTVを見る時間は少なくなっていったと思います。
その後30歳を過ぎてめっきりとTVを見る時間も減り見る番組もニュースと映画くらいしか正直みなくなりました。
これが35歳を過ぎると映画も見なくなり、ニュースくらいしか見なくなりました。
ニュースも見ているというか、TVの前に腰を降ろしてぼーっと見ているというよりは、
パソコンやりながら横目でTVをとりあえずつけてたまに見るような感じでしょうか?
多分TVでもつけてないと一人暮らしは静か過ぎて寂しくなるのでしょうね?
この流れが大きく変わったのは地デジに移行したタイミングだと思います。
当時使っていたのは25型のブラウン管TV。
もちろんアナログモニターですので、安価な地デジチューナーを接続してTVを見ていたと思います。
安価なモデルだったので画質は正直微妙な感じでとりあえず見れるだけといった感じでした。
この辺りでふと思ったんですね。
ここまでして大して見ないTVって正直必要なのかな?
という素朴な疑問が自分の中で沸いてきたのもこのくらいの時期です。
その素朴な疑問が確信に変わる出来事が起こりました。
2011年3月11日に発生した東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)です。
今から考えても東北の被災地を襲った津波による被害、津波に飲み込まれて電源機能を喪失した福島第一原発。
この様子をTVでリアルタイムで映像で見ることでやはりTVの恩恵というものは大きいのだと痛感しました。
ただ、その後延々と組まれる震災情報特番に嫌気が刺したのも事実です。
何処のチャンネルを回しても延々と震災特番が流れていたので、
同時に延々と流れるACのコマーシャルで半分頭狂いそうになってましたね。
また、TVでは逼迫する電力事情を考慮して盛んに節電を呼びかけていました。
ただ節電は呼びかけても節電のためにTVを消しましょうとは言わないのにも、やはり違和感を覚えていました。
東日本大震災を契機として情報をTVの映像で見ることが出来る恩恵は感じるものの、
逆に言うと延々と流れる悲惨な映像の数々にTV見ていると常に不安感が強く出るようになってしまい、
これを機会にTVをつけること自体を控えるようになりました。
それで分かったんですよね。
TVはなくても別段問題はない。
必要な情報はネットのニュース情報でも見ていればよいのだと。
TVを見ないことで不必要な情報が入ってこないことから逆に精神衛生上良いことにも気がつきました。
また電気代もTVをつけっぱなしにしないことで大幅に削減できることにも気がつきました。
まさに良いこと尽くめです。
その後、東日本大震災が収束するというよりも時間の経過によって神奈川県に住んでいる管理人にとっては、
風化していきましたので、多少TVをつけることもあったのですが、見る時間は大幅に減ったと思います。
TVを見ないことに止めを刺されたのは個人的にはですが一連のオスプレイの配備に関する、
マスメディアの偏向した報道の数々でした。
オスプレイは危険だ!従来のヘリに比べ危険性が高いの一点張り。
嫌々、オスプレイはティルトローターであり垂直離陸の出来る固定翼に分類されるべき機体です。
従来のヘリコプターと同一視すべきではない。
この一連の報道で完全にニュースをTVで見ることも辞めました。
我が家では新聞も取っていないので結果的に自然と入ってくるニュース関連の情報も限られたものとなりましたが、
別段不満はありません。
かえって垂れ流される偏向報道の数々を見なくても良くなったのでイライラ感は減り健康に良いくらいです。
ただ個人的に思うのはTVは魅力的なメディアであることは違いありません。
映像のインパクトは新聞等の活字ベースの情報媒体にはない魅力です。
ただ見ているだけでそれなりの情報が映像を主体として把握することが出来ますので。
思うに年を共にTVを見なくなる、TVを面白く感じなくなると言うこと自体は自然なことなのだと思います。
それは、TV局が想定しているTVを見ている視聴者の対象としている層と年齢があるのだと思いますが、
普通に考えて若いころは面白く感じ、年とともにそう感じなくなることから、
TVは若い人向けなのだと思います。
どこかで見た情報では一般的にTV局が想定している対象は高卒の専業主婦だと聞いたことがあります。
たしかに、一日中家にいてTVを見ているのは専業主婦か年金受給している年配者くらいのものだと思いますので。
そう考えると、管理人が年とともにTVを見てもつまらないと感じるのもごくごく自然なことなのだと思います。
もう一点思うのは決してTVがつまらないわけではないこと。
それは、あくまでも日本の地上波がつまらないだけであって、BS等の衛星放送、
もしくはケーブルTVといったサービスもあります。
海外ドラマとかどれも面白くて魅力的ですので。
ただ今のネット全盛時代、決まった時間になると決められた番組が流れる従来の視聴スタイルは、
過去のものとなりつつあるのも事実だと思います。
時代は見たいときに見たいものを見るビデオオンデマンドサービスだと思います。
HULUであるとかNETFLIX等の普及で定額でコンテンツを見放題のサービスも浸透していると思います。
おそらくネットによるこれらのサービスの普及によりビデオオンデマンドサービスが今後の主流になり、
TVというものは当面は無くなりはしないと思いますけど、徐々に過去のものとなっていくのだと感じます。
TVとビデオオンデマンドサービスどちらが便利であるかは一度使えば分かると思いますが、
TVの利点は無料であることくらいしかありません。
後者の利便性の高さは圧倒的です。
ラジオがTVに淘汰されTVがオンデマンドサービスに駆逐される。
これ自体は避けることが出来ないと思いますがひとつのメディアの世代交代を垣間見ることで時代の流れを感じます。
ラジオもその価値が見直されてきていると思いますが、
radikoといったネットでラジオが視聴できるサービスの提供によって利便性も大幅に増しています。
鉄筋コンクリートの建物ってラジオなどの電波を遮断しやすいようなので、
ラジオを聴いてもノイズ交じりで酷いものですけど、ネット経由であればクリアな音質で楽しむことが出来ます。
最近は昼間はradikoでラジオ聞きながらすごすことが増えています。
TVはなくても困らないし見ない習慣が完全にできてしまったので今後も見ることはないと思います。
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